2016年1月7日木曜日

「脱トヨタ」 自己否定のブランディングに熱狂出来ますか?

  「初代セルシオ」が発売されてからかれこれ四半世紀が経ちました。街中ではまだまだこの型のも良く見かけますが、見かける度に新しい発見というか、当時のデザイナーが意図したことがあれこれ感じ取れる気がして、改めてとても趣き深いデザインだなと思います。80年代の日本車がもて囃される風潮に多少は影響されているかもしれませんが、このクルマは王道VIPカーとしてどこか好奇の目にさらされた数年前と比べて、新型デザインが増え行く道路上でますます存在感が増しているように感じます。やはり多くの愛好家が口を揃えるように、初代、2代目のセルシオは「普遍的・極上デザイン」に数えられる稀代の名車です。

  1989年当時にトヨタから発売されたセダンは他にクラウンやコロナがあります。どちらもセルシオに似ている部分こそありますが、プロポーションにおいて決定的な差をつけられていました。「国民車」(カローラ)よりもワンクラス上の「ハイソカー」になるコロナやクラウン(この2台にも幾分の差はありますけど)から見ても、さらにそれを大きく越える図抜けた存在だったのがセルシオでした。この「構図」から見ると、セルシオの後継に当たる現在のレクサスLSにはそれだけのステータスがあるのかな?と街でLSを見かける度にふと疑問に思ったりします。セルシオの良さが引き継がれていない!とは言い切れませんけども、「なぜトヨタは稀代の名車が誇った伝統を侮るのか?」というやり場のない苛立ちがふと沸きおこります。

  日本にレクサスが展開された2005年にトヨタの副社長に就任し、2009年から社長を務める豊田章男氏は株主総会などでしばしば「魅力あるクルマ作り」「クルマ好きが好きになるクルマ」について言及しています。従来のトヨタが歩んできた路線の変更・多様化を打ち出していて、実際にトヨタやレクサスから発売される新型車には社長が掲げるスローガンがしっかりと息づいていると思います。「ファミリー向けワンボックス」「団塊世代向けスポーツカー」「富裕層向けSUV」などなど確かなマーケットリサーチ能力を発揮しつつ、台数が見込めるジャンルに次々と「バリュー」なクルマを投下し続けています。
  
  多くのビジネス書では一般的にトヨタが圧倒的に強くなったのは3代目の奥田碩社長が就任した1995年からだとされています。その改革自体はエコカー戦略を中心とした「圧倒的な強さ」と趣味性の高いクルマの切り捨てによる「クルマ好きからの批判」が改革の裏表になっていたなどと、ややシニカルに描かれることが多いようです。1995年当時はというと、冷戦終結によるバブル崩壊に巻き込まれた日本メーカーは突如として苦境に陥り、どこまでも現実的な改革を即座に打ち出したトヨタとホンダ以外は奈落の底へと落ちていくしかなかったわけですから、トヨタにおける「奥田改革」は自動車産業の歴史に燦々と輝く偉業であることは間違いないです。

  この改革から20年が経過して、自動車ユーザーの高齢化・富裕化による嗜好の変化を織り込んだマーケティングによって現在のラインナップが形成されています。これらを「豊田章男改革のクルマ」と称するとしましょう。初代セルシオを生んだ「バブル期トヨタ」、ハイブリッドの最前線を歩んだ「奥田改革」、そしてクルマ好きへの訴求をさかんにアピールする「豊田章男改革」の3世代のトヨタ車が日本中で見られますが、どの世代のクルマに一番感情移入できますか?(アツくなれますか?)

  開発費が青天井だった「バブル期トヨタ」ではセルシオだけでなくソアラ、スープラなど「スペシャルティ」という言葉がそのまま似合うクルマがいくつもありました。しかし2016年にもなってわざわざこれら昔の排ガス基準のクルマを走らせるのには、かなりの後ろめたさがありますから、どれだけ中古車価格がお手頃であっても手を出そうとは思わないです。この時代のトヨタが当たり前のように極めていた「スペシャルティ」な装いをそのまま受け継ぐようなクルマが新しく出てきてほしいとは思いますが・・・。

  「バブル期」の日本メーカーは、「フェラーリを越えた日本のスーパーカー」「ポルシェより速い日本のGTカー」「メルセデスより優れた日本の高級車」といった感じで、輸入車ブランドを完全に下に見るくらいの不遜な態度がプンプンしていましたし、実際にNSXもスカイラインGT-Rもセルシオもそんな尊大な言い分に相応しい実力がありました。「もうバブルではないからそんなクルマは簡単には作れない!」とは言われていますが、その頃の日本車は着実に海外市場に楔を打ち込み、高い評価を得てきたおかげで、「2代目NSX」も「R35GT-R」も「レクサスLS」も世界水準のハイエンドカーとして開発が続いています。

  1989年に550万円だったセルシオは、周囲のクルマが小さかったこともあって所有による満足度は価格設定も含めて非常に高かったと思います。一方で900万円する現行のレクサスLSは大きくなった周囲のクルマ(GS、クラウン、フーガ、レジェンド)と、明確な線引きができない「上級セダン」に落ち着いてしまいました。確かにトヨタ伝統の世界一静かなV8エンジンはさらに洗練され、内装はさらに200万円出せばオーダーメイドも可能です1500万円?くらいで、ザガート(ミラノの名門カスタマイザー)に3億円くらい払って手に入れる特注のラピードやクワトロポルテに引けをとらないワンオフの高級セダンが作れるのは素晴らしいと思います。

  しかしですよ・・・なんだかな。例外無く全ての欧州ハイエンド車を越えて行こうとした、「バブル期」の強烈にふてぶてしい日本車が放ったアイデンティティと比べると、現在の「レクサスLS」は欧州車と同等の快適性をいくらかリーズナブルな価格で提供するといった「夢の無い」戦略に支配されています。メルセデスやマセラティがやっていることはしっかり押えるけど、やっていないことはレクサスもやりません。「じゃあレクサスLSの個性って何? ・・・それは信頼性です」と言うしかない残念なスタンスです。もちろんこれがトヨタの強みですからそれを否定するつもりはないですけど、セルシオが当時に体現した「究極」で「ブレイクスルー」なスピリッツをこのクルマから直接感じとることはできません。

  トヨタの高級車作りが今なお進化を遂げているのは間違いないのでしょうけども、そのステージとなっている「レクサス」が目指しているものって一体何なのでしょうか? 豊田章男社長がどれだけ「クルマの魅力を発信する!」とアピールしたところで、言葉が悪いですけど、レクサスの最新のクルマ作りに納得しているのは彼らがターゲットにしている50歳から上の世代だけなのでは・・・。ブランド全体を見渡しても、とりあえず「ドイツ車らしく」作ってひたすらに媚びる。じじいばかりの評論家連中は一定の評価をしてくれるでしょうし、短期的にはアベノミクスでウハウハなオッサン世代に受け入れられて結果は出るでしょう。しかしそれより下の世代にはピンと来ない・・・。

  セルシオが築いた遺産の上にあぐらをかいてきたレクサス。セルシオには全てを納得させるだけの「説得力」がありましたから、そこに注ぎ込まれた技術力がそのままレクサスのブランド基盤になりました。しかし豊田章男社長の旗振りで改革されている現行のレクサスラインナップは、これからのブランド力をさらに高めていくだけの発信力・推進力は「ない」のではないかと思います。レクサスは新たに「GS-F」という高性能セダンを発表しましたが、メルセデスAMGのコンセプトを取り入れることが、レクサスのブランド作りにどれだけ貢献するか?は未知数ですし、AMGではなくレクサスFを選ぶ必然性も乏しいです。

  レクサスにはもっと望まれるべきモデルがあるように思います。ひと昔前の瀕死の状態にあったフェラーリブランドを復活させた大ヒット車「カリフォルニア」のコンセプトの元となったのは、間違いなく電動ハードトップを備えた「レクサスSC」ですが、なぜこのクルマを廃止してしまったのでしょうか? このクルマを開発し続けていれば、レクサスのブランドイメージは今とはひと味違ったものになっていたはずです(レクサスIS-Cも廃止)。いまや着脱可能なハードトップを備えた「スペシャルティ」「スポーツカー」は、911のハイエンドボディタイプとなる「タルガ」や、C7コルベットなどなど「趣味のクルマ」にとって大きな魅力になっています。

  セルシオからレクサスSC(ソアラ)へと話が流れましたが、トヨタ&レクサスはなぜ自らの輝かしい歴史を築いてきたモデルに背を向けて、ドイツブランドの亜流のようなクルマを作るのでしょうか? 「Fスポ」というグレード設定がどこから来ているのか言うまでもないですが、このグレードを試してみると、なんだか良くわからない気分になります。ハンドル切ってもアクセル踏んでもなんか「遠い」・・・静音性が高いせいかバーチャルなコクピットでゲームしている感覚に襲われます。

  レクサスの意図としては、インフォメーション過多でいわゆる「アクティブなドライビングフィール」ではなく、衝撃吸収素材にキャビン全体が包まれたようなマットな乗り味に、フラットな走りがそつなく出来るくらいの減衰感を加味したサスを備えた「高性能GTカー」が到達目標なんだと思います。しかし新設計シャシーを使っているはずのISやGSでも80km/hくらいではやくもバタバタとしはじめて、あっさりとトヨタの素性が見えてしまいます(揺すられ感に幻滅・・・)。そもそも今やレクサスが目指すような気の利いたGTカーをマジメに作ろうとするドイツブランドは存在しません。

  セルシオもレクサスSCも「ドイツ車的でない」から日本では絶対に成功しない。・・・だからレクサスにはロールスロイス・ファントムのような強烈な存在感も、フェラーリ・カルフォルニアTのような見栄え重視な設計も不要なのだと、経営陣が割り切っているのだとしたら、もはやそうなっているかもしれませんが、レクサスはSUV頼みの「ジリ貧プレミアム」として消費されていくことになるんじゃないですか?

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↓V8自然吸気は確かにAMGとはひと味違うはずですけど・・・馬力にこだわることでドイツ車好きなオッサン連中に媚びてますね。


  

  

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